『「骨盤おこし」で身体が目覚める 1日3分、驚異の「割り」メソッド』中村考宏

 中村考宏氏の「股割り」本。
 非常に有用で面白い本なのですが、少し注意しなければならない要素もあります。
 この本の内容が間違っているとかおかしい、という話ではありません。誤解してしまいやすい、ということです。
 わたし自身、ネット上で断片的な情報や写真を目にしていた時は、間違って理解していました。単純な「骨盤前傾」を薦めているかのような印象を受けやすく、「それはおかしいだろう」と反応してしまう、ということです(前傾することの意味もあると思いますが)。
 中村考宏氏が薦めているのは「骨盤立位」であり、腰を反らせて強制的に作るような「骨盤前傾」ではありません。ただ、氏自身も認めている通り、「腰が反っている」状態と「骨盤立位」は一見非常に似ており、見る目が養われていないと間違えてしまうことがあります。
 本を注意深く読めば大丈夫なのですが、慎重に読む気がない人には少し危ないです。また、何らかの武道やスポーツなどを学び、自分なりに試行錯誤している人には通じる話でも、まったく運動経験のない人が「開脚できるようになりたいなぁ」くらいのつもりで読むと、正しく理解できない恐れもあります。こうした場合、やはりセミナー等で直接指導を受けた方が安全かと思います。
 上記の通り、著者自身がこの紛らわしさについてよく認識されています。

 ですから、なによりもまず「骨盤立位」つまり骨盤を建てましょう。
 ただし「腰椎伸展」つまり腰椎を反らせてしまってはいけません。
 「骨盤立位」とは骨盤を立たせた状態。
 「腰椎伸展」とは腰椎を反らせた状態。
 これらの区別は、見た目には難しいかもしれません。

 本書巻末に、「骨盤おこし」東京セミナー開催を支援された武術稽古法研究家の中島章夫氏が寄稿されているのですが、氏もまた、最初はよく理解されていなかったことを書かれています。

ところがわたしといえば、世話人を担ったものの、骨盤おこしトレーニングがどういうものかは、よく知らなかったのです。知らないどころか、それまでのメールでの意見交換で、わたしのやっている武術とはあまり関係がないな、と思っていました。
 というのも、その頃のわたしは「腰を反らさない、胸を張らない」姿勢による武術を行なっていたからです。対して中村先生の構えや主張は「腰を反り、胸を張る」もののように見えました。いま思えば「骨盤をおこし、胸のポジションを前にする」ということなのですが、メールや写真ではそれを理解することはできませんでした。

 専門家である中島氏ですら、写真を見て誤解されていたくらいですから、一般人が見て勘違いするのも無理なからんことです。また武術・武道を学んでいると、どちらかというと骨盤を後傾ぎみにさせて仙骨を丸め込むようにして股関節をロックする(?)姿勢の重要性が強調される場面が多いため、「こんな反り返った姿勢ではダメだ」と早合点してしまう可能性もあります。わたし自身もそうでした。
 こうした誤解もよく読めば解けるのですが、正直、紛らわしい内容の割には言葉が尽くされているとも言えません。著者としては十分噛み砕いてくださっているのでしょうが、内容的な奥の深さを考えると、一般向け書籍として、文章のプロと組むなりして一層の平明さがあれば、もっと理解が進むのではないかと思います。
 さて、肝心の股割りです。

 一般的な「股割り」のほとんどは「ストレッチ」であり、その名の通り「筋を伸ばす」ことに主眼が置かれています。
 一方、構造動作理論では、「いかに筋を伸ばさずに、股関節の可動域を拡げるか」という点を重要視しています。
 「いかに筋を伸ばすか」と「いかに筋を伸ばさないか」。
 つまり、まったく逆の発想なのです。

 股割りは、「固さを残して余分をゆるめる」ような感覚で、筋トレに近い運動感覚があります。

 氏の薦められる「股割り」はストレッチではないのです。実際にはある程度の柔軟性は必要でしょうが、ただ筋を伸ばしてダルダルにすることを目指すものではなく、むしろその反対です。
 これも最初は意味が分からないのですが、実際に何日か試してみると、多少入り口がつかめてきました。
 具体的な股割りのやり方は、以下のように説明されています。

①お尻の下に座布団を敷き、そこに座る。
②基本のポーズで身体をまとめる。
③力こぶが正面にくるように、腕撓関節から前腕を回内し脇を閉めた状態でイスをつかむ。
④骨盤立位にする。腰椎を伸展させてはいけないが、背中を曲げてしまって背中の必要な力が抜けないように注意する。顔は正面に向ける。
⑤趾(あしゆび)をしっかりと握り込み、足関節を背屈(足の甲を脛の方に近づける)させ、膝の「遊び」をキープする。
⑥腹圧をきちんとかける。
⑦そのままつかんだイスに体重をかけて、上半身を前方へ倒していく(重心が前に移動するように椅子を滑らせる)。
⑧お腹(下腹)を床につける。

 わたし自身は完全股割りには程遠い状態にあるので、ものを言うのは大変憚られるのですが、ここで重要なのは⑤です。これが目からウロコでした。
 一般的な開脚ストレッチでは、膝を伸ばし筋をひたすら緩めていくようにしますが、膝は最初は曲がっていても構わず、むしろ少し遊びを持たせておきます。感覚的には、脚(太腿から脹脛)の裏側全体で床をベチャッと掴む感じです。この感覚が、足指を掴んで背屈させることで感じられる筈です。
 もう一つ、③の腕ポジションも大事です。ネットで検索すると中村考宏がイスを使って見事な股割りを披露されている動画が見つかります。


 イスを使うのは重心移動をスムーズにするためでしょうが(イスに体重を預けて前に移動すると確かにやりやすい)、もう一つ、腕のポジションを確かにする目的もあると思われます。力こぶ(上腕二頭筋)を前に向けてイスの脚を掴む、という動作をすると、丁度縦拳で突く時のような感じに肩が下がります。上体をこのポジションをキープしたまま前へ重心移動していく、ということが、股関節の回転を助けているように感じられます。
 まだまだ始めたばかりなのでおぼつかないのですが、何回かこの方法の股割りを練習していたところ、不十分ながらも「股関節が回る」感じが見えてきました。わたしの場合、自分が思っているより奥に回る部分がある印象です。氏の芸術的な股割りに比べると児戯にも及ばないレベルですが、確かにこの感じで毎日稽古していけば、股関節の可動域を無理なく広げていくことができそうです。
 本書は「股割り」だけの本ではなく、「正しい腕立ての方法」など、様々なトレーニング・メソッドが紹介されています。
 慎重に読み進め実践すれば、とても有益な本だと思います。
 ただし、以前にも書きましたが、わたし個人は姿勢・整体・「骨盤の歪み」系の話は、常に話半分で聞くように心がけています。どうもこの手の話は、話が膨らみすぎ「万能理論」的な趣を得てしまう傾向があります。一つの理論で何もかも説明できる訳もなく、歪みやら噛み合わせやらを直してあらゆる問題が解決する訳もないのですから、ベースは尊重しつつも、あまりのめり込み過ぎない、拡大解釈しないように気をつける必要がある、と考えています。
 また、股関節についても、ただ動けば良いというものではありません。その辺は著者も分かった上で書いているのでしょうが、例えば武術的には、むしろ股関節をロックぎみにすることで力を乗せる、という状態がままあります。「開こうと思えば開ける」身体が大事なのでしょう。
 本書中には「拇指球には絶対に重心をかけてはいけない」という、多くの武道・スポーツ関係者が仰天する項目もあります。よく読んでみると、著者が批判するのは点としての拇指球を支点に方向転換したり、地面を蹴ることを強調することであり、拇指球を使うこと自体ではない、と分かるのですが、これも誤解を受けやすいところでしょう。ただ確かに、著者の批判される通り「拇指球信仰」のような危険な傾向が蔓延しているのも事実です。拇指球を点として使うことに意識が向くと、膝の方向が内旋し、故障の原因にもなります。というか、わたし自身がそれで膝を痛めたことがあるので、著者のおっしゃっていることは理解できるつもりです。
 色々と勘違いされやすいポイントが多く、また「応用編」的な競技との関係については個人的に疑問に思う点もあるのですが、よく読めば本当に役立つ本です。せっかく価値のある理論ですので、できれば著者には、この辺の難しさ・奥の深さをよくよく織り込み、一層「間違えにくい」理論紹介を期待したいところです。

4393713877「骨盤おこし」で身体が目覚める 1日3分、驚異の「割り」メソッド
中村 考宏
春秋社 2011-10-24

追記:
 構造動作トレーニングと武術の動きの関係について、実際に練習しながら具体的に指摘されているエントリがありました。
 武術稽古とかのブログ: 絶対にありえない対談「甲野善紀×中村考宏」
 とても参考になります。ありがとうございます。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする